木星舎HP > COLUMN

2018.10.5

人生に「タラ、レバ」はないのですが、この仕事をしていると、時々、どうにもおバカだった若き日の自分が許せなくなります。なんでもっと勉強せんかったちゃろうか……って。『顕密のハビトゥス』の編集をしながら、またしてもそんな思いに駆られています。静かな総合図書館で資料を何冊も積んで、ハズキルーペをかけて校閲、じっくりと原稿と向かい合いながら、もしかしタラ、私、勉強、嫌いじゃなかったかもと思うのです。
『国東六郷満山』を出版してから、昨年は『英彦山の宗教民俗と文化資源』(白川琢磨編)、そしてそのご縁で『顕密のハビトゥス—神仏習合の宗教人類学的研究』を著者の白川琢磨先生からお預かりし、頭のネジをキリキリと巻きました。

今年は明治150年、同時に明治政府により神仏判然令が出されて150年が過ぎたことになります。以来、大方の日本人は、不可思議な宗教環境の中を軽々と生きてきたようです。初詣、お七夜、七五三・・・、お祝いごとは神社に参って柏手を打って願いごと、霊験あらたかな神様と聞けば、お賽銭をあげて一段と念入りに祈って、お守りをもらって……。葬儀には数珠を持って参列して、読経を聞きながら神妙に故人の冥福を祈る。無理矢理分離されたけど、神様も仏様もどちらも大事。なんの神様のお祭りでもお祭りは大好き! 四国遍路に一度は行きたい……。
そんなことができるのも、私たちの精神風土の基盤に神仏習合があるからかもしれない。そんな風にも思うのです。
本書の帯文です。
かつて神と仏がともにあった神仏習合が否定された時、何が起きたのか——。本書は「日本人の宗教とは何か」を命題に掲げ、北部九州をフィールドに、祭りやしきたりの中に深く刻まれた実践や表彰を通して、私たちの精神風土に根付き、今も息づく神仏習合のかたちを解き明かしていく。

10月、神楽の季節ですね。本書のキーワードの一つ「鬼」に出会いに、今年はお神楽を見てまわろうと思っています。

国東六郷満山・祈りの旅2

 前日やっと上がった『国東六郷満山 宇佐神宮と国東霊場札所巡り』を積んで、国東、文殊仙寺に向かいました。2週間遅れで義母の四回忌の墓参りも兼ねた「お山」へのご挨拶。明後日から、日本列島に寒波が訪れるというラジオの天気予報をよそに、早春の息吹さえ感じるその日、山の空気は張り詰めて澄み渡り、今年ももうミツマタの蕾が膨らんでいました。
 拝殿につながる庫裏で、秋吉文隆師と奥様の文代さんに本を丁寧に見ていただき、お二人に喜んでいただいたのち、話は途中立ち寄った国東市歴史体験学習館の企画展「六郷満山霊場の寺宝展」に出展されていた文殊仙寺の角大師のことに。
 角大師とは、延暦寺第18代座主、良源上人(諡は慈恵(じえ)大師)のこと。10世紀に生きた人、正月三日に亡くなったので元三大師(がんざんだいし)とも呼ばれています。大火で崩壊したまま荒廃していた比叡山の伽藍を復興し、乱れていた僧風を刷新し、天台教学を整備、興隆し、と多くの業績を残した人で、比叡山の中興の祖と言われています。元三大師にはいくつも霊験や逸話が残っていますが、「角大師」はその一つ。
 都に疫病が流行った時、元三大師も罹患、病の激しい苦しみを体験され、人々をこの病から救うために発願。等身大の鏡の前で深く祈念されると、その姿がしだいしだいに恐ろしげな鬼の姿に変容していきました。大師は自ら鬼となって病魔を調伏する姿を弟子に写させ、版木に彫って病魔退散の護符とされました。
tunodaisi.gif角大師の護符左向き.gif 文殊仙寺の木造角大師は、痩せさらばえた体で正座し、両手を膝におき、ギョロッと眼を剥き、大きく口を開けて歯をむき出しておられます。頭の両脇から生えた長い角を入れても高さ30㎝程度の小さなもの。その姿は餓鬼そのもので、どこにも高僧の面影はありません。
初詣でこの姿を写したという護符をいただき、家内に貼っておくとその一年の厄除けになるそうです。義母の台所にも貼ってあったことを思い出しました。
 ところで、人々を災いから護るためには、仏も鬼になるという誠にありがたいお姿なのですが、台座に座り、両手を膝におき、頭を下げておいでの姿は、無礼をお許し願えれば、「ホント、すみません」と言っているようにも見え、どこかユーモラスです。そう言えば、水木しげるが亡くなる前、角大師をキャラクターにした漫画を構想していたと聞きました。残念!
 神も仏も鬼も在す山、国東を案内していただきたく、『国東六郷満山』の帯と本扉に角大師様のお姿を載せました。

国東六郷満山・祈りの旅

人間60も過ぎると、祈ることしかできないことが多くなるのかもしれません。
 義母が亡くなると同時に、国東が急に近くなってきました。国東半島の真ん中にある文殊仙寺で義母が得度したのは、亡くなる十三年前のこと。すでにがんということはわかっていたはずなのに、頑として手術よりも得度を優先することを譲らず、当時は困惑したものでした。豊後高田の駅からタクシーで来るようにという母の指示に従って、息子と二人、得度式に参加するためにどこまで乗ればいいのかしらとメーターを気にしながら山中を走りました。
 それから十三年、最初から最後までステージ4のがんのまま在宅にあって、義母はよく闘い、よく働き、詩を書き続けました。
「お山に行く」そういって、義母は義父の運転するいかにも乗り心地の悪そうなチェロキーで文殊仙寺に泊まりがけで出かけていました。「一緒に行こう」と何度も誘われましたが、義父母と行く気詰まりを嫌った私は生返事、「蛇が苦手なんです」(これは事実、重大な障碍!)と断り、いつのころからか声がかからなくなりました。
 義母の骨壷を抱えて文殊仙寺に登ったのは、だから十三年ぶり、早春の寒さの中、山の空気は清浄でミツマタの花があちこちに咲き初めていました。
 文殊仙寺の境内は、東の海、伊予灘と瀬戸内海を眼下に見晴るかす位置にあります。「気がいい」全身でそう感じました。春を待つ山の気か、草木の呼吸か、あるいは古刹が吐き出す霊気か……、敬愛していても十分とは言えなかった義母との関係を深める機会が失われたとき、義母のために、自分自身のために祈りたくなりました。そして編集者として、母の愛した山の寺、六郷満山という山岳宗教に深く根ざした神仏習合の寺々を紹介しようと決めました。

ネコ、カエル

2014-6-24
少し前の話ですが、ネコを捕獲しました。
といっても、見ず知らずのネコではなく、知り合いの家の脱走ネコです。
(下のコラムにデンと座っているアイツ)

迷いネコWANTED!のチラシを電柱に貼っても、
目撃情報が相次いだわりに、なかなか捕まらなかったので、ホッと一安心。

・・・・・・以下、回想。
それは、ある晴れた日のことでした。
私が、いつものように自転車で通勤していると、
植木の影に、どこかで見たニャーと鳴く生き物の姿が。

あわてて自転車をとめ、接触を試みるも、
件の猫であるかの確証が持てません(半年の野良生活で様子が変わっていました)。
そこで、急遽、飼い主に連絡をして、エサを持って来てもらい、
失踪した猫であるかの確認をとることに。

「あらー、久しぶりね!ビーちゃん」
…どうやら、賞金首だったようです。

よし!と気合いを入れ直し、エサと猫じゃらし(のような草)を
駆使して再び、捕獲体制に。

「あなたにはまったく興味がありません」的態度で警戒を解きつつ、
油断したところへ、ガバッと覆い被さる。捕まえたった!

ええ。暴れましたとも。猫アレルギーの私の腕は、大変なことになりましたとも。

「私、コロされます。大変危険な目に遭っています」
と、この世の終わりのような鳴き声をあげる彼女を
なだめて、すかして、なんとか家に放り込み、任務完了。

売れない探偵のような猫探しの対価は、
腕から滴り落ちるイソジンだったとさ(合掌)。

※現在、彼女の野生は、完全に失われている模様です
(ヒント:彼女の姿は〈たぬき〉〈アジの開き〉)

担当H

えーっと

2014-3-29
太古の昔に放置されたコラム。
へび年に更新するのは、いささかヘビーでした。

ウマいこと言おうとしてすいません。。
これからコラムの更新頻度をなんとか…
でも馬って足が速いのよね。。

担当H

辰年

あっという間にお正月が過ぎて,日本列島は凍るような寒さに包まれています。
皆様、お元気ですか。
去年前半、引っ越しや諸々の雑用に追い回されて、あまりまとまった本が出せませんでした。
『まほうつかいのすてきなペンダント』という亡くなった娘さんが小学校の頃に描いた小さな可愛らしい絵本と家族の手紙を添えた遺稿集とあと数点。
でも、ですが、10月に入って2冊、とても満足できる本を出すことができました。前半のストレスを解消してあまりある本です。
絵手紙集『ソノトキソノトキ君ニ逢イタシ自在独楽』、そして『かあさんの家のつくり方』です。
絵手紙集『ソノトキソノトキ君ニ逢イタシ自在独楽』は、絵手紙の枠を大きく超えた本です。
著者の北川長一郎さんは、私の学生時代の先輩。奥さんの美子さんは私とは同級生。
今年の春、東京の大崎ウエストギャラリーで見るまでは、絵手紙がこんなに自由で奥深いものだとは思いませんでした。
148×100mmの画面が、グーーンと広がり、絵が飛び出してくるの。3Dです。ちょっとのぞいてください。
 こうした出会いが、前に進む勇気をくれます。
 とくに好きなのは、都会の舗道で踏みつぶされ、カラカラに乾涸びて、風に散る「龍」。何度見ても飽きません。
私は「物語」が大好きで西洋、東洋を問わずドラゴンが出てくるとわくわくするのですが、こんなに悲しい龍を見たことがありません。
踏みつぶされるその瞬間、哭いたかしら、鼻から煙を出したかしら。小さなうめき声は道行く人の耳には入らず、靴底の違和感だけが残ったのかもしれない。
この不思議な生き物は、なぜか節足類のように小さな前足が二本くっついています。羽もありません。不格好、だけど龍です。必死の威厳があります。
今年は辰年・・・「この空を飛べたら」そんな思いを誰かと共有しながら、この一年を天翔ける夢をみたいと思います。
 どうか今年もよろしくお願いいたします。


I絵葉書-竜monokuro .jpg

絵手紙

2011-8-2

絵手紙-耳をすませて1p.pdf絵手紙を作成中です。・・・といっても絵手紙の本ですが。
今まで、手紙を出す習慣さえなかった私なので、絵手紙というものに接する機会はございませんでした。
ですが、実際に見てみると、アラ素敵。
こんな風に自在に絵が描けたら楽しいだろうなと羨みつつ、鋭意作成中です。
ちなみに、著者は北川ふぅふぅさんという絵手紙の人気作家さんです。
作成途中をちょいとチラ見せします。

担当H

いわし

2011-7-4

いわし.pdf最近、突然の豪雨が多い。
今日も、お昼時にザアザアと。
雨が止むまでと事務所でまごまごとしていたおかげで、
四川料理屋のランチ時間に間に合いませんでした。
「すいませーん。ランチは二時まででーす。」
地球温暖化の弊害を身をもって感じた瞬間ですね(そんな大袈裟な)。

さて、タイトルの「いわし」ですが、担々麺を食べ損なった帰りに、
ふと商店街の魚屋を覗くと、おいしそうなイワシがザル盛りになっていました。

今が旬のイワシ。刺身良し、梅煮良し、フライ良し。しかも、安いし栄養満点。
三拍子揃った優秀な子です。

一昨年、ふらっと寄った魚屋のイワシのウマさを体験して以来、
この魚に興味津々なのです。

その時は、刺身にしてネギ、ショウガをたっぷりのせて、いただきました。
あぶらがのって、噛み締めると旨味が口の中にひろがる。
あぁ、今、思い出しても口から汁が。

魚偏に「弱い」と書いて、イワシ。
家計に強いイワシは、庶民の味方です。

担当 H

移転しました。

2011-6-7

鳥ビンテージ.JPG10年経って
事務所を移転して
若い相棒ができて
ホームページも移転しました。
足りないところもいっぱいですが(エレベーターがない!)、古くて天井が高くて白い事務所も、修猷館のグラウンドの隣で西南大学のすぐ近くという落ち着いた環境も、通りの向こうの藤崎商店街も、それに手作りのホームページも、なにもかもすごく気に入っています。
 本というオブジェをとても愛している私のとなりで、若い相棒は電子媒体を目標にしているようです。世の中には本があふれているのに、本をもつ手には携帯がにぎられる時代です。土石流のような情報の流れに棹さして、他の媒体よりも少しだけ時間の幅が広い出版という形の中で、より時に耐えうるかたちでこの仕事を続けられたら幸せです。いつか、液晶の大型画面のテレビの横に薄い電子ブックが置いてあっても、それはそれで仕方がないのかな……。
 ここからまた十年、本作りをはじめます。
 お暇があったら遊びにきてください。
 今後ともどうかよろしくお願いいたします。

パソコンデータのお引っ越し

2011-6-7

ビビネコ.JPGパソコンは、放っておくとデータが溢れて大変な事になりがちです。処理の速度は落ちますし、どこに何があるやらわからなくなったりと、普段から整理整頓を心がける事が肝要です。
というわけで、本日は今までの雑駁なデータを外付けHDD(ハードディスク)に移す事にしました。
調べてみると、移さなければならない容量は32GB。数年前なら全てのHDD容量を埋め尽くす程のデータ量です。
外付けHDDを本体に差し込んで、移したいデータの移動を開始します。ポチッとな。パソコン様曰く、「約1時間程度で終了させてあげます」とのことです。
さて、移している間に何の作業をしようかなと思案していると、なにやら机の下でモゾモゾ動いております。更に、にゃーにゃー仰っています。・・・そう、好奇心旺盛なアレです。
これはもう、猫じゃらしで遊ぶの一択しか選択肢は無いようです。「しょうがねぇなぁ」とニヤニヤしながら、遊ぶ遊ぶ。遊びすぎて、おネコ様の爪が腕に刺さりました。腫れました(小生は恐らく猫アレルギー)。でも、ネコの奔放さには、いつもメロメロ。

毎日がアニマルセラピーです。遊んでくれて、ありがとう。

担当 H

風邪ひきサン

2011-6-3
メロンネコ.jpg愚才、風邪をひきました。
出先から帰ってくると、なんだか調子がおかしい。
関節がだるくて、体が熱くて寒い。
あぁ。やってしまったなと。
ここ数年、本格的に風邪をひいた記憶は無いが、この気怠い感じは、何となく覚えている。
心細いような、気がかりなような、落ち着かない気持ち。
漢方に未病という言葉があるが、今まさにそのような状態なのだろう。
そう思いながらも、今日も今日とて自転車漕ぎ漕ぎ、自宅に帰る。(バスで帰れば良いものを・・・。)
結果として、ウチのネコの体温と並ぶ、三十八度七分の大熱を出すという、ありふれた結末に。
糅てて加えて、おとなしく寝ていれば良いものを、枕元の小説を手に取ったが最後、ついつい熟読してしまい、未だにノドがガリガリしております。
体調管理も自分の責任。
まだまだ、青いな。ゴホゴホ。

担当 H